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親の介護って。。。つらいもの?ー最後の思い出作り自己満足ブログー

子猫孝行な親猫

母親の葬儀が済んでちょうど1週間。
今日はお休みを取って、入院費の支払いや、役所の手続きに行ってきました。

病院は全棟面会謝絶になっていました。
支払いを済ませた後、病棟にご挨拶に行こうと思っていたので、残念でしたが、
担当の先生はロビーまで来てくださり、お礼を伝えることができました。

病院からの帰り道に市役所があるので、もろもろの手続き。
10分ぐらいでサクサクと終了。

帰ってから、生命保険会社に連絡をして、書類を送ってもらうことになり、
戸籍謄本の申請書を作成したので、明日投函します。

年金事務所からは書類が来ていたので、戸籍謄本が来たら
手続きができます。

後は少しゆっくりと、預貯金の名義変更や、クレジットカードの解約。

面会謝絶になる前に、病院から出られてよかった思いました。
あの猫様の状態で面会ができなかったら、様子が分からなくて
毎日、気が気でなかったと思います。

殿と同様に、子猫孝行な親猫でした。
猫様に今のところ、後始末は順調に進んでいると報告しました。
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我が家に戻ってきました。(長文)

今日、母親の葬儀が無事に終わり、私と殿の遺影の横にいます。
良い天気で、あまり寒くなく、よい一日でした。

殿の時にはしませんでしたが、女性だからとお化粧と、洋服を着せてもらいました。
顔の皮膚が重力で垂れてきてしまうそうで(確かに我が家にいる間に
少し顔が変りました)、ほほに綿を詰めて、母親の遺影に似せていただきました。

普通には入れないものを口に入れるのは、少々抵抗があったのですが、
綺麗に出来上がっていました。お陰で、娘よりほうれい線がない。

洋服もきちんと着せていただいていて、綿を詰めて作られているけど、
生前の姿を思い出して、ふっと、和やかな気分になります。

亡くなってから今週は会社は休んで、顔見せとお供えの交換に霊安室に
通っていました。昨日最後は、子供のころから介護の時まで、
いろいろな想い出話をしてきました。

霊安室に行く前は、ヘルパーのリーダーさんがお花を持ってきてくださり、
生前の話をしたり、母親が書いた書を見てもらいました。

昨日は従妹が来てくれ、母親の話で盛り上がり、今日の葬儀にはその兄が
来てくれました。受験やお見合いで、よく我が家に来ていて、母親とは仲が
良かったので最後に会えてよかったです。

居間にあったベッドは回収に来てもらい、喪失感があるかなと思ったけど、
部屋の中が混んでいたので、なんだかすっきり。
我が家には珍しく、たくさん花があるので、華やかにすら感じます。

そして、ほっともしています。
私がコロナウイルスに感染したら、面会ができないどころか、葬儀も出せなくなる
のではないかと、どこか冷や冷やしていました。

母親が亡くなった翌日以降、胃痛が出て、一旦直ったものの、おとといの夜から
翌朝までひどくて、少し熱も出て、読経中に立っていられるだろうかと思うほどでした。

従妹に会ってから少し良くなり、熱も下がって、葬儀は滞りなく終わり、
お昼は少しだけれど、従兄と一緒に食べれました。
ガスター10を飲んで幾分治まった感がありますが、夕飯は軽くパン。

今晩は、お蕎麦屋さんで一杯やりつつ、母親を偲ぼうと思っていましたが、
少しお預けです。

よくがんばりました。

昨夜、9:34に母が亡くなりました。

朝、病院から電話が来て、急ぎ行くと、酸素吸入量が一気に6Lに
なっていて、少し苦しそうに呼吸をしていました。

でも、サチュレーションは99%、脈拍70~80と安定。
点滴をしながら、酸素量を調整したりしていただいていましたが、
ピクピクとするけいれんの頻度と長さが増えていき、それでも、
血圧も150ぐらいあって、バイタルはまずまずだったので、
看護師さんと相談して、夕方帰宅しました。

さすがにちょっと疲れて、夕食後横になっていたら、再び病院から電話があり、
急ぎタクシーを呼んでいきましたが、間に合わず。。。
殿の時に間に合わなかったから、今回こそと思っていたのですが。。

看護師さんとエンジェルケアをして、殿が来ていた浴衣を
着せてもらい、自宅へ帰ってきました。

葬儀社には2月の上旬に話をしていたので、サクサクと進みました。
母親が食事に使っていたテーブルを焼香台にして、
母親にはたっぷりのドライアイスを載せられて、重そうでかわいそう。。
斎場の予約は今やネットでできるそうで、あっというまに予約完了。

葬儀屋さんが帰ったのは深夜。
母親は普通に寝ている様子で、まだ少し暖かく、私はいつものように
横に布団を敷いて爆睡。

今日は介護サービスの業者さん達に連絡をしました。
夕方、ヘルパーのリーダーOさんがお花を持って母親に会いに来てくださいました。
その後、葬儀社の霊安室へ移動。我が家とはこれで、さよならです。

入院して4か月。そのうち、療養型病院に入院してからは3カ月。
肺炎が治ったと思ったら、1週間ほどで再発。。を繰り返し。。
でも、そのたびに薬に応えて回復していました。

我が母親ながら、よくがんばりました。戦争を乗り越えてきた人は本当に強い。。

しかし、よりにもよって、天皇誕生日とはね。。。
やってくれたね、猫様。これで祥月命日は毎年休日です。^^;)
休日にするとは、子猫への慰労のプレゼントかな。

殿には迎えに着てくるれるように頼んだけど、会えたかな。
二人の妹たちと、愛犬のゲン。今や、向こうのほうがにぎやかです。
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